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広島高等裁判所岡山支部 昭和56年(う)27号 判決 1981年8月07日

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

理由

被告人京深の弁護人らの論旨第一の一ないし三項事実誤認、及び同宋の弁護人の論旨第一の一、二、四項訴訟手続の法令違反ないし事実誤認の各主張について

右各所論は要するに、原判決は、原判示第一の二において、被告人らが共謀のうえ営利の目的で、昭和五三年一月二一日岡山市吉備津一、〇三二番地の一一もと山本宏方で覚せい剤粉末約69.311グラムを所持した、との事実を認定し、その証拠物として、右同日、右山本方から、所定の令状もなくして捜索し押収した右覚せい剤を採用したのであるが、本来、令状なくして捜索・押収が許されるのは刑訴法二二〇条所定の被疑者の逮捕現場において、しかも右逮捕にかかる被疑事実に関するものに限定されるのに、本件覚せい剤粉末は、右所定の要件が具備しないのに捜索のうえ押収されたものである。即ち、被告人らは、警察官によつて、右山本方から岡山西警察署まで任意同行を求められ、同署において逮捕されたのであるから、右山本方は被告人らの逮捕の現場に該当せず(被告人京深に対する逮捕手続書(逮捕状)に、同被告人を右山本方で逮捕した旨の記載がなされているのは、事実に反するものである)、仮に、被告人京深が山本方で逮捕されたとしても、同被告人の逮捕の被疑事実は、上寺博に対する傷害、逮捕監禁、恐喝未遂の事件であつて、何ら覚せい剤取締法違反の被疑事実を含むものでないから、本件覚せい剤粉末は、右逮捕の被疑事実に関係がなく、同被疑事実によつて捜索、押収が許されるものではないから、右覚せい剤粉末に対する捜索、押収は違法であり、憲法三五条、刑訴法二一八条等が所期する令状主義の精神を没却する重大なものであり、右違法に収集した証拠物については、違法捜査の抑制の見地からも、証拠能力を否定すべきであるにもかかわらず、原判決は、証拠の採否を誤り、証拠能力のない本件覚せい剤粉末を証拠物として採用したため事実を誤認するに至つたもので、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、破棄を免れない、というのである。

よつて、本件記録を調査し、当審での被告人らの各供述をも併せ検討するに、被告人京深は、原判示第一事実のごとく、上寺博に対する監禁、恐喝未遂等の犯行で、昭和五二年一一月一九日同被告人に対し逮捕状の発布を得た岡山南警察署の指名手配を受けることになり、居所を転々として逃走していたが、岡山西警察署警察官刑事課員が、前記山本宏方に隠れ住んでいた同被告人を探知し、同五三年一月二一日午後〇時四〇分頃同署員数名で、右被告人逮捕のため、右山本方を急襲して、階下六畳間に情婦末森典子と同衾中で逃げ場を失い縁側隅のマットの中に隠れていた同被告人の身柄を確保し、即座に自動車で西警察署に連行し、同署で、南警察署員が右逮捕状を示して同被告人の身柄の引渡しを受けたこと、右山本方では右逮捕状を、南警察署が保管していたため、同被告人に示すことはなかつたが、西警察署員によつて、右身柄確保の際、前記犯行で逮捕令状が出ていることを、当然に右被告人に告知したものと思料されることの各事実によれば、被告人京深が右山本方で右時刻頃に西警察署員によつて身柄拘束を受け、適法に逮捕されたことが認められるのであつて、右逮捕状における所論指摘の記載は、右逮捕事実を事実そのままに記載したものであり、また同被告人が、右山本方から西警察署に連行される間に、手錠の使用を受けなかつたことは、何ら右結論に影響しない。弁護人らのこの点の所論は採用できない。

次に、被告人京深が逮捕された直後頃から、右署員数名により、前記末森典子を立合人として、右逮捕に伴う山本方の捜索が開始され、同被告人が居室に使用していた右六畳間の押入れからけん銃二丁、実包十一、二発と共に天坪、ポリシーラー(ポリ袋の接着に使用する器具)、同間棚の上からポリ袋入り覚せい剤粉末が発見されたため、直ちに覚せい剤取締担当の西警察署防犯課に連絡し、同課係長村山昇外三名の警察官の応援を得て、右粉末等物件の確認を得たうえ、更に捜索を続け同日午后四時二〇分までの間に、右けん銃等の外に右逮捕事実にかかる証拠物の発見はできなかつたが、覚せい剤取締法違反の証拠物として、右覚せい剤粉末等を含む合計二六七点を収集し、後述のとおり末森典子から任意提出を受けたことが認められる。ところで、右村山昇外防犯課警察官による捜索は、覚せい剤取締法違反の証拠物件の発見を主目的としてなされたことは、原審での村山昇の証言と右捜索に要した時間、同捜索で収集された前示多量の物件内容がすべて覚せい剤取締法違反の証拠物件であつたことによつて認めることができるが、右防犯課の警察官らの捜索前、既に刑事課警察官によつて発見されていた前示の覚せい剤粉末は、右六畳間棚の上の手提げチャック付布製バックに在中のポリ袋入り同剤粉末四二袋、51.556グラムであつたことは、その後の捜索でも同部屋からその余の覚せい剤粉末は発見された事実がないところからも明らかであり、同剤粉末は、天秤、ポリシーラーと共に、右刑事課警察官の被告人京深逮捕に伴う適法な捜索により偶々発見されたものであるから、右各物件については、何ら違法捜索の瑕疵はない。そして、覚せい剤の知識を有する右村山が、右刑事課員によつて発見されたポリ袋入り粉末や天秤、ポリシーラー、その他右布製バックに在中の多数の大小各種のポリ袋などから、右ポリ袋入り粉末が覚せい剤であることの十分な疑いを即座に抱いたであろうことは当然というべきで、その時点において、右粉末の発見個所からしても、被告人京深に対する右覚せい剤粉末の不法所持の容疑は十分にあり、しかも、五一グラム余に及ぶ量からしても、同被告人に対する現行犯逮捕の理由と必要性が認められ、また逮捕に伴う捜索も必至の状況にあつたものであるが、既に、同被告人の身柄は西警察署に連行されていたため、右山本方での即時の逮捕はできなかつたものの、当時西警察署で同被告人の身柄の確保はなされていたのであるから、早急に身柄を山本方に連れ戻し、右容疑で逮捕手続(その内容は、右覚せい剤粉末の不法所持罪の(準)現行犯で逮捕する旨の告知であろう)をとれば、少なくとも準現行犯として十分逮捕できたと思われる。そうすれば、右村山らが、山本方でなした前記の覚せい剤取締法違反の証拠物件の発見を主目的とした捜索と押収は、右逮捕に伴うものとして適法に実施できたものと思われる。しかし実際においては、右被告人に対する現行犯(以下、準現行犯を含む)逮捕の手続がなされないまま、しかも、前示の同被告人逮捕の監禁等被疑事件とは無関係の覚せい剤取締法違反の証拠物件の発見を主目的とした捜索が、その令状もなく、意図的になされたのであるから、たとえ、右の捜索が、右被告人逮捕に伴う監禁等被疑事件の証拠物の捜索と並行してなされた形態が認められ、かつ、右覚せい剤等の捜索に緊急かつ必要性が認められるにしても、現行法上、緊急逮捕のごとき緊急執行としての捜索は認められておらず、憲法三五条、刑訴法二一八条、二一九条等の規定の趣旨からしても、また、不当な便乗捜索を禁圧するためにも、かつまた本件では、容易に前示の現行犯逮捕の手続を履行できたことなどからして、前示の村山ら警察官らによる覚せい剤等の証拠物件の捜索が違法でないということはできない。しかしながら、本件は、既述のとおり、判旨被告人京深に対する現行犯逮捕とそれに伴う捜索が許されるものであり、しかも、その逮捕は、既に自署警察署に同被告人の身柄が確保されているため、容易かつ確実になし得る状況にあつたのであり、ただ山本方における右の逮捕手続に欠けているに過ぎないと考えられることに鑑みれば、右捜索の違法は、重大という程のものではなく、同捜索によつて収集された物件について、後述のとおり、末森典子の任意提出を得てなされた領置手続を違法・無効ならしめるものとまでは認められない。そうすると、右村山らが山本方に到着時に既に適法に発見されていた覚せい剤粉末約51.556グラムが証拠能力を有することは勿論、その後の村山らの捜索によつて発見された覚せい剤粉末約17.755グラムについても証拠能力を有するのであつて、原判決が、右結論と同旨の下に本件覚せい剤粉末を同判示第一の二の証拠物として採用し、事実認定に及んだ点には、何ら違法不当かつ事実誤認はなく、弁護人らの論旨は理由がない。

被告人宋の弁護人の論旨第一の三項の主張は要するに、本件覚せい剤粉末を含む証拠物件は、末森典子から任意提出を受けた旨記載のある書面が作成されているが、同人には任意提出をしうる処分権限はなく、また、仮にそのような権限があつたとしても、捜査官が同人の法的無知に乗じて、一方的に作成した任意提出書に、その権力を利用し、否応なしに署名指印を強制して提出させたもので、同人の自由意思によつて提出されたものではないから、右物件の任意提出は無効である、というのである。

よつて検討するに、右末森典子は、当時、内田組組長であつた被告人京深の内妻的地位を有する情婦であつて、同被告人が前述のごとく警察官に逮捕され、しかも山本方二階に居住していた右組員らも逮捕ないし任意同行され、被告人京深自ら、または組員を通じて、同家屋および所在する物件に対する管理が出来ない現実に立至つた以後、右末森が右家屋や右物件等に対し管理・保管者の地位にあつたものと認められ、同人が日頃からも、被告人京深から不在中の留守番を任され、同被告人の実印、現金一九五万円などを預けられていた事実に徴してもこれを裏付けることができる。そして、右末森は、捜索に当つた警察官から本件覚せい剤粉末を含む前示多数物件の任意提出方を求められたが、自己への刑事責任の追及を恐れて、一旦は拒否したが、それが誤解であること、覚せい剤が一般に所持を許されない物件であることなど説得されて後、納得して任意提出書に署名・指印をしたことに鑑みると、右末森が、本件覚せい剤粉末について刑訴法二二一条所定の保管者というべきであり、また、同人の右本件覚せい剤粉末の提出は任意の意思によるものであるから、それに基づく同剤粉末の領置は適法であつて、弁護人の論旨は理由がない。<以下、省略>

(雑賀飛龍 萩尾孝至 山田真也)

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